風が完全に治るまでほとんど屋根裏部屋だけで過ごしていたのでむずむずして狂いそうだった。イルジュンは何度も外に出ようと試してみたが10回試みたとして10回すべておばあちゃんにばれてしまったので一度も出ることができなかった。飽きるほど食べていたまんじゅうも食べたいし友達とゲームもしたかった。
いまだに少女のことが頭に浮かんだがずっと会えないままでいた。あとでよくよく考えてみたら少女の名前さえ知らない状態であった。最初にその考えになったときに、イルジュンは自分の頭を何度もかきむしりたい心情だった。親しくなりたいという思いを持ちながらも名前を聞かなかったなんて、どうしたらそんなバカみたいなことができるのか。
イルジュンは厨房に降りた。味噌汁のにおいがした。
“おばあちゃん”
“駄目だと言ったでしょ”
まだ話もだしていないのに駄目だという答えが先に返ってきた。イルジュンはしばらくしょげていたがここで諦めることはできなかった。イルジュンはおばあちゃんの手を掴んで自分のおでこに当てて見せた。
“もう熱はないってば”
イルジュンはおばあちゃんをじっと見つめた。おばあちゃんはしばらくのじっと熱をはかったと思ったら、鍋のお湯が沸いたので手をはなした。
“そうね、そこの家の前だけで遊びなさい。遠くにいかずに。”
おばあちゃんがしぶしぶ答えた。そして沸いたお湯に味噌をいれてときながら夕ご飯を食べる時までは買えるようにと付けくわえた。残念な気持ちにもなったがイルジュンはわかったと言って外に出た。久しぶりの外の空気だ。イルジュンは息を大きく吸い込んだ。晴れの日であった。雲一つなかった。今すぐにでも公園まで走っていきたい気持ちだったがどうしてもおばあちゃんとの約束を破ることはできなかった。今日はお金もないのでまんじゅうも買って食べることができない。なので市場さえも行く理由がなかった。
それでもイルジュンの歩みは市場、正確には市場を超えた公園の方へ向かっていた。賑わう午後の市場をあとにして、歩みは速くなった。
ついには公園に到着し真っすぐ理髪店に向かった。前とは違い理髪店にはだれもいなかった。ドアも閉まっていた。イルジュンは上を見上げた。かかっていた幕が風に揺れていた。雨が降っていたあの日の夜にぼんやり見えたものがはっきりと見えた。 幕に書いてある内容をイルジュンはゆっくりよんだ。
“ドゥリュ第一区域… 再開発… 絶対反対。”
再開発だって。イルジュンはそれがどういう意味なのかよく分からなった。おばあちゃんが家で育てている大きいサボテンが頭に浮かんでくるだけだった。髪の毛を垂らしたような葉っぱが長く伸びている草だった。その最後にはピンク色の花が咲いていた。おばあちゃんはそれがケバル(開発を韓国語ではケバルという)サボテンだと教えてくれた。しかし再開発はどんなに考えても意味がわからない単語だった。
イルジュンは風にはたはたなびく幕をしばらく見つめなぜかわからないが赤く太いその字に気圧されて違うほうへと歩き出した。怖いことが起こるような漠然とした気分になった。
建物の後ろ側に入った瞬間、日が入らずじめじめして暗い街角に出た。どうやら比較的高い商店街の影のせいのようだ。しばしば嫌なにおいがしてきた。イルジュンにとってそこは一度も来たことのない道の世界であった。半地下になっている家々がとても多く高くても2階建ての小さな住宅やアパートしかなかった。ドアさえもなくカーテンで適当に隠している家もたまに見えた。その中には古びたラジオの音が小さく聞こえてきた。
外壁にはさっき見たものと似たような幕がかかっていた。ずっと歩いても似たような造りの家が連なっており一歩間違えれば迷ってしまいそうだった。イルジュンの町はポン菓子の音、拡声器で中古家電製品を広告する声など、市場の音や子供たちが遊びまわる声に静まることはなかった。しかしここは水を打ったように静まり返っている。さらに山の中だからか虫も多かった。
イルジュンはふと体震わせた。いつの間にか行き止まりまで来ていた。鉄でできた線でふさがれ相変わらず幕がかかっていた。再開発が一体どんなものであのように恐ろしく幕をかけるのかと思った。
‘もう一度帰ろうか、帰って味噌汁にごはんを入れ食べて寝てしまおうか?’
イルジュンは歩いてきた道を戻ろうと決心した。どこまで来たのかよく分からないが壁だけをちゃんと沿って行けば外に出られると聞いたことがあった。何番目の街角なのか分からない中で、イルジュンはおかしな光景を目の当たりにした。瞬間とても驚き声を出すことも出来ず低い塀の後ろに慌てて隠れた。
明らかにレンガの門の屋根の上に人がいた。イルジュンは頭を突き出した。門の屋根は平らなほうなので人が登ってもバランスをとることができた。しかし本当に人がいるなんて!誰が見ても屋根を修理する人のようには見えなかった。まず屋根を修理するにはとても体が小さいように見えた。どこで拾ったのかわかない汚くていびつなバケツを一つ抱えていたのだが、その姿が相当に危なっかしいように見えた。明らかに初めて見る光景であったがその集中した表情は見たことがあった。
少年だった。イルジュンは塀の下に体を隠し彼がしようとしている事を見守っていた。この話にもならない光景を誰か大人の人が見つけて怒鳴ってくれたらざまあないのに。しかし街角は依然として静かで通り過ぎる人もなかった。少年はしばしばすごく警戒した目で周囲を見回した。そのたびにイルジュンは体を隠し息を殺した。ばれるかもしれないと思い心臓がバクバクとなった。
イルジュンがもう一度頭を突き出したとき、突然おしゃべりな声がかすかに聞こえてきた。少年も聞こえたのかすでに体を平たくして隠れていた。両手でぎゅっとつかんでいるバケツだけが見えた。こんなんでは通り過ぎる人誰も少年がいることを知る由がなかった。イルジュンは目を細めて少しずつ近づいてくるシルエットを確認した。
少女だった。そしてもう一人いた。
‘スンジェ?’
イルジュンは両目をこすりまた見た。どれだけ見てもスンジェだった。普段からよく切る山吹色のジャンバーを着ていたのですぐに分かった。あいつがなんでここにいるんだ?どうして少女と一緒にいるんだ?イルジュンは少女とスンジェ、そして依然として屋根の上に体を平たくさせている少年を変わりばんこに見つめた。
二人は少年が隠れている門の前で立ち止まった。
“ウンシルや気を付けて帰りな。”
スンジェが言った。そう言うなり少年が手を振った。
“あなたも気を付けて帰ってね。”
イルジュンはその対話を聞き逃さずすべてしっかり聞いた。ウンシル、名前はウンシルだったんだな。
きれいな名前だ、と考えている頃ウンシルが門のほうへと体を振り向かせた。変な感じがした。イルジュンは体をゆっくり起き上がらせバケツを持つ少年と、そのような少年の意地悪い顔と、それに続いてバケツが傾いている方を見つめた。しまったと思った。知らせなければならないのに体が動かなかった。
バケツはウンシルがいる方へと倒れ、その中に入っていた水が零れ落ちるとき、イルジュンは自分でも知らないうちに隠れていた塀から走り出た。
“だめだ!”
そのような一つの悲鳴が漏れた。しまったと思った。イルジュンは目をぎゅっとつむった。その刹那にウンシルが驚いた表情を見たような気がした。
ある程度時間がたち静寂の中で目を開けたとき、全員がイルジュンを見ていた。横に力なくうずくまっているウンシルと、険しい顔をしながら自分を睨む少年と、最後に髪の毛と服が濡れたまま少なからず驚いた様子のスンジェまで。
顔が熱くなった。イルジュンは慌てて立ち上がり振り向きもせず走った。曲がりくねった裏道を出ていくのはとても大変だった。ドゥリュ山を降りて、イルジュンはその町にはもう行かないと強く決心した。
저작권자 ⓒ 한국소비경제신문, 무단 전재 및 재배포 금지